『風立ちぬ』

結論から先に書くならば、好きな作品ではある。でも咀嚼できていないので、機会をみてもう一度観たいと思っている。これまで公開前のレビューや公開後のさまざまな感想や批評をざっと斜めに読んではいたが、なるほど賛否どちらの意見にも納得はできる。ただ原作は読んでいないし原案となった二人のこともまったく知らないので、題材からの切り口は参考に留めている。
それらを踏まえて。多く語られているようにこの作品で描かれる主人公は宮崎駿自身であり、彼の父親でもあるのだろう。戦闘機を作る男の物語を史実に基づいて語る以上は「それが兵器あることや戦争に対する“誠実”な描写が必要」とする意見にも大きく頷くが、一方でそういう作品ではないようにも感じる。
前作『崖の上のポニョ』の時にも書いたのだが、ある時から宮崎駿のなかで“確固たる物語”が崩壊し、語るべきことを見失った期間が長くあったと思っている。作品としては『紅の豚』あたりから徐々に始まって『ハウルの動く城』までの期間が相当する。この頃の作品には明快で盲目に突き進むことのできる物語の動機が薄い。別の言い方をすれば“言い訳”が多い。その代わり周辺のディティールを細かく隙間なく積み上げた物語世界を構築することで物語を進めてきた。そして前作『崖の上のポニョ』で宮崎駿は新たな“物語”を手にした。そこでは宗介とポニョの想いだけを推進力にして一直線に物語が語られていた。彼らの暴走が周囲を世界をどれだけ巻き込もうが構わず、周辺事情の説明さえ放棄して、力いっぱい振り切った物語を語ってみせた。批判も多い作品だったが、個人的にはとても好きな作品でもあった。
そして今作『風立ちぬ』も、その意味では『崖の上のポニョ』の延長線上にあるのではないだろうか。主人公が分別のつかない子どもではないから、物語を進める力のベクトルが無鉄砲に外側に出ていかないだけで、主人公が抱える想いと夢想と愛情を推進力にした明快で盲目な物語であることに変わりはない。それ故に厄介でもあるのだが。そんな一人称の盲目な物語に、第三者的な戦争への“誠実”を明確に織り込む余地はないのではないか。
もはや宮崎駿の作り出す世界は、『風の谷のナウシカ』や『天空の城ラピュタ』のような世界に正面から対峙する強い物語を持つエンターテイメントでもなければ、『千と千尋の神隠し』のような隅々までディティールを楽しむことのできるエンターテイメントでもない、個人の想いの物語だ。それはどこか晩年の黒澤明にも似ているように思える。映画表現に対して誠実で偏屈で頑固な、でも同時に誰よりも力強い想いを抱きつづけているジジイのあふれ出た夢の形骸なのだろう。


7月20日 公開
監督・原作・脚本:宮崎駿
出演:庵野秀明/瀧本美織/西島秀俊/西村雅彦/スティーブン・アルパート/風間杜夫/竹下景子/志田未来/國村隼/大竹しのぶ/野村萬斎
作画監督高坂希太郎 動画検査:舘野仁美 美術監督武重洋二 色彩設計保田道世 撮影監督:奥井敦 音響演出・整音:笠松広司 アフレコ演出:木村絵理子 編集:瀬山武司 音楽:久石譲 主題歌:「ひこうき雲荒井由実

【ストーリー】
かつて、日本で戦争があった。大正から昭和へ、1920年代の日本は、不景気と貧乏、病気、そして大震災と、まことに生きるのに辛い時代だった。そして、日本は戦争へ突入していった。当時の若者たちは、そんな時代をどう生きたのか?イタリアのカプローニへの時空を超えた尊敬と友情、後に神話と化した零戦の誕生、薄幸の少女菜穂子との出会いと別れ。この映画は、実在の人物、堀越二郎の半生を描く。

配給:東宝
2013年/日本/126分/カラー/ビスタサイズ/モノラル
(C)2013 二馬力・GNDHDDTK

公式サイト http://kazetachinu.jp


風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

風立ちぬ・美しい村 (新潮文庫)

ランキングに参加しています。もしよろしければクリックして頂くと嬉しいです。
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村