『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

東陽一6年ぶりの監督作品は、鴨志田穣の同名自伝小説の映画化。脚本と編集も東陽一が手がけている。鴨志田穣は言わずと知れた漫画家 西原理恵子の(元)夫。本作品でも語られる鴨志田穣アルコール依存症のエピソードは西原理恵子の描くノンフィクション漫画にも多く登場するし、末期癌発覚と彼の死去という二人の物語は西原理恵子の『毎日かあさん』にて一度完結する。この自伝小説は鴨志田穣が生前に発表した最後の作品であり、刊行されたときから東陽一による映画化の話があったとのこと。近年続々と映像化されている西原理恵子作品とは少し立ち位置が違うが、作品の性格から一括りに語られることも仕方ない。


12月4日 公開
監督・脚本:東陽一
出演:浅野忠信/永作博美/市川実日子/利重剛/藤岡洋介/森くれあ/高田聖子/香山美子
原作:鴨志田穣酔いがさめたら、うちに帰ろう。』(スターツ出版刊)

【ストーリー】
「来週は素面(シラフ)で家族と会うのです。きっとです。」と言いながら、ウォッカを飲み気絶した男、戦場カメラマンの塚原安行。足早に駆けつけ「大丈夫。まだ死なないよ」と、彼の頬をさする女、人気漫画家の園田由紀。ふたりは結婚し、子供にも恵まれたが、安行のアルコール依存症が原因で離婚していた。10回の吐血、入院、そして暴力…なかなか断酒できず、自身も家族も疲れ果てていた。やがて嫌々ながらもアルコール病棟に入院する安行。しかし、そこでの個性的な入院患者たちとの生活や、医者との会話は不思議な安堵感を与えてくれた。家族の支えもあり、体力も心も次第に回復してゆくが、安行の体はもうひとつの大きな病気をかかえていた…。

配給:ビターズ・エンド
2010年/日本/118分/カラー/35mm/ビスタサイズ/ドルビーデジタル
(C)2010シグロ/バップ/ビターズ・エンド

公式サイト http://www.yoisame.jp/

重度のアルコール依存症の治療とその先に判明する末期癌という内容は大抵の場合明るく語られることではないけれど、鴨志田穣による原作小説は西原理恵子の漫画とは違ったテイストのユーモアに包まれており、内容に反して楽しく読める作品だった。もちろん私がこの小説を読んだ時には彼はまだ存命中であったことも大きな要因かもしれないが。いずれにせよこの作品がアルコール依存症の悲壮さや治療の壮絶さに終始していないことは事実で、この小説を東陽一が映画化するとの報せを聞いたとき、その組み合わせに大きな期待を抱き、同時にわずかの不安を感じてしまった。この小説の後日談となる彼の死去と『毎日かあさん』という作品の存在が映画をただの「お涙頂戴」劇にしてしまわないかという不安である。そんな期待と不安を抱えて観た本作品は、まさに私の期待した東陽一作品でした。
浅野忠信が演じる塚原安行が入院する精神病院の閉鎖病棟の描き方や、浅野忠信が健康そうでとても死にかけているように見えないなどといった意見もよく見かけるが、本作品が目指す世界は原作小説同様にアルコール依存症治療のリアルな描写ではないため、これはこれで問題ないと思う。それは塚原安行が頭の中で描く日常的な空想を通常の映像と区別なく並べていることで明らかだ。泥酔しながら書いている原稿の上に片足が落ちてきたり、黒塗り浅野忠信が登場するなど、正直「普通はやらないだろう」という表現を何のてらいもなく取り入れてみせる東陽一76歳のパワーに感服する。実はこれくらい高齢の監督の方が表現に対して自由でいられるんだということに改めて気づかされる作品でもあった。
本作品が原作小説から改変されている最も大きなポイントは、安原義人の妻である園田由紀の視点が挿入されていることだろう。これは鴨志田穣の死後に西原理恵子へ取材した内容が反映されているとのこと。一度愛した男がアルコールで「ダメ」になってゆくことで切り捨てたけれど、でも完全には嫌いになれないと「子供たちの父親でもあるから」という建前で彼に関わり続けてゆく姿は、まぎれもなく『毎日かあさん』の西原理恵子である。そして妻 園田由紀の視点は当然のことながら作品をある程度感傷的な方向へ持ってゆくこととなる。けれど園田由紀を演じる永作博美の芝居は余計な主張をせず、目の前の事態に気丈に振る舞いながらも心の中心で動揺してみせるという絶妙な演技を披露する。私が個人的に永作博美ファンであるからかもしれないが、本作品の永作博美の芝居は絶品だど思う。
蛇足ではあるけれど、2011年に公開を予定している映画『毎日かあさん*1との比較も楽しみな作品です。


ミニパラ http://www.minipara.com/movies2010-4th/yoisame/

酔いがさめたら、うちに帰ろう。 (講談社文庫)

酔いがさめたら、うちに帰ろう。 (講談社文庫)

毎日かあさん4 出戻り編

毎日かあさん4 出戻り編

*1:毎日かあさん』(2011年2月5日 公開予定) 監督:小林聖太郎 主演:小泉今日子永瀬正敏 (C)2011映画「毎日かあさん」製作委員会