『乱暴と待機』

本谷有希子により2005年に上演された同名舞台劇とその後に発売された小説を原作とした作品。監督・脚本・編集を手がけるのは未だ『パビリオン山椒魚』の衝撃が残る冨永昌敬。原作が舞台劇なので仕方ないが、人物設定などを含めた作品世界全体がいかにも演劇的で、この部分を受け入れることができるか否かで印象が別れてしまうであろう作品。但し、前半の突飛さを乗り越えると後半で泣けてくる妙な作品でもある。


10月9日 公開
監督:冨永昌敬
出演:浅野忠信/美波/小池栄子/山田孝之

【ストーリー】
郊外に居並ぶ木造平屋建ての市営住宅。その冴えない一室で、英則と奈々瀬は軟禁状態とも言うべき奇妙な共同生活を送っている。夜な夜な屋根裏に潜み、隙間から奈々瀬を覗いている英則。一方、垢抜けない丸眼鏡にスウェット姿の奈々瀬は、兄でもない英則を「お兄ちゃん」と呼び、彼に自分の姿態を覗かせている。二段ベッドの上下で眠る二人の間にセックスはなし。彼らを結び付けているのは約二十年前に起きたある出来事ーそれ以来、英則は奈々瀬に対するこの世で最も惨い復讐方法を考え、奈々瀬は自分に対してこの世で最も惨い罰が下されるのを待ち続けているのだ。愛情よりもずっとずっと確実な繋がりを求めて、歪んだ関係を続ける英則と奈々瀬。ところが一組の夫婦が近所に越してきたことにより、二人の閉塞した生活にやがて微妙なズレが生じていく−。

配給:メディアファクトリー/ショウゲート
2010/日本/97分/カラー/ヴィスタ/DTSステレオ/PG-12
(C)2010「乱暴と待機」製作委員会

公式サイト http://www.ranbou-movie.com/

本谷有希子原作の映画化は『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』に続く2作目。映像化だけであればその前に短期連続テレビドラマとして「劇団演技者。」シリーズの中に『石川県伍参市』がある。どちらも個人的には楽しい作品だったが、演劇的非日常な作品世界に馴染めなかったという感想も当然多かった様子。非日常といっても遠い未来の物語やどことも説明のつかない仮想世界の物語ではなく、現実世界から視線の角度が数センチだけズレた世界。その隙間からあぶり出される人々の物語。
登場人物は4人のみ。物語に関わるチョイ役もほとんど出てこない、閉ざされた濃密な人間劇。そんな中で繰り広げられる小池栄子の痛快っぷりも、山田孝之の情けなさ加減も、美波の非日常具合も、浅野忠信の理解不能度も、どれも楽しい。中でも小池栄子の妊娠中で大きな腹を抱えながら奈々瀬を攻めまくるサドっぷりが素晴らしい。
脚本も冨永昌敬によって書かれており、原作からの変更点も多い。特に番上とあずさの設定は大きく変わっていて、この二人の設定変更に伴う物語の改変は原作よりも説得力があり、作品全体としては成功していると思う。けれども物語前半についてはイマイチな印象が残る。もともと原作では英則と奈々瀬のヘンな兄妹の物語から始まっていて、どちらかと言うと一般的な価値観を持つ番上とあずさが彼らの世界に踏み込んでくることでストーリーが転がりはじめる。けれど本作品では監督曰く「前半は、(中略)番上とあずさをストーリーの軸に置いて、彼らが出会うヘンな兄妹として登場させなければ、映画としてわかりにくいんじゃないか」とある通り、番上とあずさの世界から物語が始まる。間違ってはいないのだろうが、これがどうも巧くいっているように思えなかった。一般的な価値観という入口から見たら、美波演じる奈々瀬の挙動は登場シーンから常軌を逸しすぎている。「普通」を入口にして唐突に奈々瀬が登場すると、その存在の振り切り加減についてゆけず、物語の冒頭から出鼻を挫かれてしまう。ここはやはり英則と奈々瀬の世界から物語を始めるべきだったのではないだろうか。『パビリオン山椒魚』をオリジナル作品として発表した冨永昌敬であれば形にすることはできたと思うし、だからこその冨永昌敬監督作品なのではないのかとも思ってしまう。でも実はこの振り幅の大きさが物語の後半でゆっくりと力強く観客へ戻ってくる。英則と奈々瀬の世界に慣れてきたころ、二段ベッドの上下で二人が語り合う「思ってもいないこと」に涙が流れる。


ミニパラ http://www.minipara.com/movies2010-3rd/ranbou/

乱暴と待機 (MF文庫ダ・ヴィンチ)

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