『ザ・ロード』

ヴィゴ・モーテンセン主演による、文明滅亡後の世界をさまよう親子の物語で、最近多く製作されているディストピア・ムービーの一種と言っても良いだろう。原作は『すべての美しい馬』や『ノーカントリー(小説題:血と暴力の国)』のコーマック・マッカーシーによる同名小説で、この作品で2007年度ピューリッツァー賞を受賞している。監督はジョン・ヒルコート。オーストラリア出身で『プロポジション 血の契約(2005年・未公開)』に続く長編4作目とのこと。


6月26日 公開
原題「THE ROAD」
監督:ジョン・ヒルコート
出演:ヴィゴ・モーテンセン/コディ・スミット=マクフィー/ロバート・デュヴァル/ガイ・ピアース/モリー・パーカー/マイケル・ケネス・ウィリアムズ/ギャレット・ディラハンド/シャーリーズ・セロン

【ストーリー】
世界の終わりは、ある日突然やってきた。いかなる天変地異や核戦争のような厄災に見舞われたのか、今となっては原因すら定かではない。人類が築き上げた文明は呆気なく壊滅し、作物は枯れ果て、生き物は死に絶えた。太陽は灰色の空の向こうに隠れ、凍てついた大地は断末魔のような地鳴りを繰り返している。
そんな大惨事を生き延び、南の地を目指して旅する一組の親子がいる。父親は少年をひたむきに守り、少年は父親をまっすぐに信じていた。極度の飢えと寒さに苦しみながらも、少しでも人間らしく生きようとするふたりは、人類最後の希望の灯を未来へと運ぶかのように、荒れ果てた世界をただ歩き続ける。はたして、その“道”はどこに繋がっているのだろうか・・・。

配給:ブロードメディア・スタジオ
2009年/アメリカ/112分/カラー/シネマスコープ/SDDS・DTS/ドルビーデジタル

公式サイト http://www.theroad-movie.jp/index.html

物語は部分的に回想シーンを挿入しながらも、ほぼ全編が荒廃した風景の中で語られる。作品全体を支配する彩度を極端に落とした映像が、物語に明るい未来を感じさせず、厳しい現実をただ突きつけてくる。そんな絶望世界の中でも「人間であること」の理性を持ち続けようとする父子の姿を描いてゆくのだが、正直、個人的にはあまり感情移入できなかった。
ひとつには、作品の根底にある「宗教っぽいもの」にわずかな拒絶感を持ってしまったことがある。父親は息子に「心に宿る火を運ぶために善き者であれ」と語る。すべての倫理が崩壊した世界で、その理念だけが「人間である」ことの指針となっていることは容易に理解できる。けれど父親が心の中で語りかける「神」の存在や廃墟と化した教会での象徴的なシーンなどにより底上げされた宗教っぽさを、どうしても受け入れることができなかった。とは言っても既存する特定の宗教思想を描いているわけではないのだけれど。
もうひとつは、主演のヴィゴ・モーテンセンの顔が怖いこと。とてもくだらない理由なのだが、髭が伸びて痩せこけているのに眼力だけが鋭い彼の顔が怖いのだ。この父親は前述のように「善き者であろう」とする思想を持ちながら、それでも子供を守り生きてゆくために外的を徹底的に排除してゆく。それは父親自身が感じている恐怖の裏返しによる行動なのだろうと理解できるが、この父親は無害と思われる人に対しても徹して非情な行動をとる。この行動と理念の振り幅こそが「人間」ということでもあるのだろうが、外界に対して常に警戒し緊張感を持ち続けているヴィゴ・モーテンセンの眼力が怖くて、思わず引いてしまう。
なお今回の映画化において原作小説からの大きな変更点はない。映画では文明滅亡直後までは生きていた母親のエピソードが印象的に語られていることや、原作の中盤で惨殺される新生児のエピソードが変更されているなど、いくつかのストーリーや設定を整理している部分がある程度だったと思われる。なので原作小説の世界観をほぼそのまま映画化している。
子供を守ってゆくために子供自身を「善き者」としてある種の神格化を行い、そこに準じていればある程度の利己は許される、という状況をディストピアという極限環境のなかで肯定してみせることはよくある手段ともいえる。けれどそれをSFではなく現実的なドラマとして正面から描いているため、どうしても悲壮感にあふれた物語となってしまう。これらを許容できれば、終わってしまった世界の中で互いを全存在として生きてゆく父子の物語に感動することができるのかもしれない。


ミニパラ http://www.minipara.com/movies2010-2nd/theroad/

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