『第9地区』

もはや何から書いて良いのやらというほど話題の本作品。ゲーム原作の『Halo』が頓挫したことにより比べものにならないほどの低予算で製作がスタートした、ニール・ブロムカンプ長編デビュー作。


4月9日 公開
原題「District 9」
監督:ニール・ブロムカンプ
出演:シャールト・カプレイ/デヴィッド・ジェームズ/ジェイソン・コープ/ヴァネッサ・ハイウッド

【ストーリー】
南アフリカ上空に突如現われた正体不明の宇宙船。襲い掛かることもなく、難民として降り立った"彼ら"との共同生活はそこから始まった。それから28年後、増え続ける犯罪に市民と"彼ら"の争いは絶えず、共同居住区"第9地区"はスラムと化していた。超国家機関MNUは、彼らを強制収容所に移住させる計画を立て、ヴィカスという男にその任務を託す。彼は立ち退きの通達をして回るうち、知らずに人類と"彼ら"の歴史を変える大事件の引き金をひいてしまう─。

配給:ワーナー・ブラザース映画/ギャガ
2009年/アメリカ/111分/ビスタサイズ/ドルビーSRD+DTS+SDDS/PG12
(C)2009 District 9 Ltd All Rights Reserved.

公式サイト http://d-9.gaga.ne.jp/

宇宙人を難民として受け入れたことによりスラム化する、という設定以外は特に真新しいことは何もない。物語の舞台を南アフリカに設定することで誰の目にもアパルトヘイトを連想させていることも話題の一つとなっている。けれど、その他の部分はこれまで数多とあるホラー映画やSF映画の要素を寄せ集めたようなもので、絶対他者との交流における価値観の変化や人間の集団悪意などといったテーマ的な部分についても斬新さは感じない。それでもこのB級SFアクション映画には、観客を熱狂させる何かが確実に存在している。
この作品はいわゆるフェイク・ドキュメンタリーという手法で構成されている。昨今流行ともいえる手法で、フィクションなんだけれどドキュメンタリーを模して製作されている作品。完全にドキュメンタリーとして作られている作品もあれば、全編手持ち撮影で淡々と事象を綴ってゆくというドキュメンタリーの手法だけを取り入れている作品も多い。そんな中でも本作品のアプローチは少し変わっていて面白い。
作品の冒頭から物語が展開してゆく「黒い液体」のところまでは、ほぼドキュメンタリーとして語られてゆく。ここで構成されている映像は、テレビニュースなどの報道映像、エイリアン居住区移設計画に任命された主人公ヴィカスを追った社内スタッフによる記録映像、この作品で描かれる事件の事後に撮影された関係者へのインタビュー映像、この大きく分けて3種類となる。ここまでで情勢説明や人間から見たエイリアンたちの理解不能な生態を時にコミカルな表現も含めて一通り説明する。
ところが主人公ヴィカスの身体に異変が起きはじめてから、それまでの映像に新しい視点が加わる(実はそれ以前から少しずつ挿入されているのだが)。それは誰の視点でもない映画的第三者、別の言い方をすれば作家の主観による映像で、物語の進行に従ってその比率が増してゆく。後半に至ってはほぼ全部が作家主観で語られ、所々にニュース報道や監視カメラの映像が挿入される程度になる。このドキュメンタリー部分からドラマ部分への移行、誘導の仕方がとても上手い。作家主観の映像とは当然劇中の誰の視点でもないため、そこで提示される情報は観客のみが共有することになる。理解不能な生態を持つエイリアンと、身体に異変が起きたことで周囲の対応を一変させる人間たち。この二つの価値観に挟まれて行き場を失う主人公。そんな作家主観の映像を積み重ねてゆくことで、主人公と観客に作品冒頭で提示した価値観をきれいに裏返してみせる。繰り返しになるが、この計算し尽くされた構成と編集が本当に秀逸で素晴らしい。
視点誘導による価値観の変化は、多かれ少なかれあらゆる作品に必ず含まれていて、それにより主人公は成長してゆく。多くの場合、作品全体としての視点は統一されていて、物語の中で主人公が新たな視点を発見したり他者により導かれてゆくことになる。本作品でも主人公の価値観の変化はしてゆくのだが、強制的に作品としての視点そのものを変化させることで価値観が変化する振り幅の落差を、主人公以上に観客に体験させることに成功しているように思える。そうして主観者を変えることでこれでもかと物語を盛り上げておきながら、クライマックスの後で再び冒頭のドキュメンタリー視点に戻してゆく。しかも最後のドキュメンタリー視点の中にも作家と観客だけで秘密を共有するラストカットを残したことは、映画的余韻として本当に上手いなと思う。
一部の設定を除けば、この作品で描かれる物語は映画としての王道であり、観客に大きなカタルシスとある種のロマンティシズムに満ちた余韻を与える。昨今のハリウッド特A級作品でも語られることの少なくなった当たり前の映画的醍醐味を、この作品はあくまでもジャンル・ムービーでありB級映画という体勢をとりながら、若干の力業と巧妙な手腕できちんと丁寧に描き出すことに成功している。それは大いに賞賛できるし、そこにこそ熱狂が生まれるのだろうとも思う。

第9地区 [Blu-ray]

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