『月に囚われた男』

デヴィッド・ボウイの息子ダンカン・ジョーンズの監督ビュー作。
ボウイファンとして個人的にとても観たかった作品。前評判も高く、映画賞も数多く受賞している。それでも父親の名前が大きすぎることがどれほど評価に影響しているのか、興味深くも心配だった作品でもありました。が、観てしまえば父親の名前など全く関係のない、素直に「面白かった」と言える良作でした。
主なキャストはサム・ロックウェルひとり。あと、人工知能ロボット役でケヴィン・スペイシーが声のみで出演している。


4月10日 公開
原題「MOON」
監督:ダンカン・ジョーンズ
出演:サム・ロックウェル/ケヴィン・スペイシー/ドミニク・マケリゴット/カヤ・スコデラーリオ

【ストーリー】
近未来、地球に必要なエネルギー源を採掘するため月にたった一人派遣させられた男、サム。会社との契約期間は3年。地球との直接通信は不可。話相手は1台の人工知能ロボットだけ。そして任務終了まで2週間をきり愛する妻子が待つ地球へ帰る日が迫った時、突然幻覚が見え始めサムの周りで奇妙な出来事が起こり始めるー。

配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2009年/イギリス/97分/シネマスコープ/ドルビーデジタル、ドルビーSR

公式サイト http://www.moon-otoko.jp/

物語について少しでも深く触れてしまうとネタバレになってしまうため、感想を書くのは非常にむずかしいのですが、一言にまとめれば、近年希にみるきちんとしたSF映画、でした。
まず気づくのは美術がとてもレトロなこと。1970年代から80年代初めに多く製作されていたSF映画のようなデザイン。真っ白で無機質な月面基地内部、ルナローバーと呼ばれる月面移動用の車やエネルギー源ヘリウム3の採掘機の無骨さ、など。地球から送られてくる映像も白黒だし、基地内コンピュータのインターフェイスも埋込型の小さなモニタとキーボード。間違っても透明タッチパネルボードとか眼前に広がる立体スクリーンなどは登場しない。人工知能ロボットのガーディも基地内の天井に設置されたレールに沿って移動するだけだ。こういったデザインから生まれる閉塞感のようなものも、この物語の大きな要素の一つになっていることは確かだ。
観る前は、孤独の中でアイデンティティが崩壊していく男を描いた哲学的で抽象的な、場合によっては宗教的思想を含む作品かと思っていた。けれど実際には、もっとSFでヒューマンな骨の太い作品でした。
すでにいろいろなところで言われていますが、やはり『サイレント・ランニング』思い出す。この作品が目指す物語の方向性やそれを補完する美術デザインなどは明らかに1970年代のSF映画たちであり、けっして現在のハリウッド映画には見ることのできない世界。このあたりへのこだわりは、監督からのコメントを読むことで、ハッキリと納得できる。

SFの良さをきちんとわかっている人々は、世界が最善の方向へ向かうことを願いつつも、起こり得る最悪のシナリオを探求することから学ぶべきものがある、ということを理解している。だからこそ『ブレードランナー』は素晴らしい作品だったのだ。未来を題材にして、基本的な人間の資質について新鮮な観点から考えさせてくれたからだ。思いやりや人間らしさといったものをいかに定義するべきか。僕はそういった問題に取り組みたいと思った。

あと、音楽も印象的でした。スコアはクリント・マンセル。名前に覚えがなかったので調べてみたら、『レクイエム・フォー・ドリーム』『ファウンテン 永遠につづく愛』『レスラー』など、ダーレン・アロノフスキー監督作品のほとんどに曲を書いている人のようです。
そして何よりも、主演であるサム・ロックウェルの好演が光る作品でもあります。ネタバレになるので詳細は書けませんが、「たいへんよくできました」のハンコを押してあげたくなりました。
最近のディティールの細かさと派手なだけのSF映画に食傷気味な方には是非、とオススメな作品です。