『告発のとき』

 邦題も原題もそれぞれ違う意味でつかみどころのないタイトルを掲げている作品だが、物語は、観客の心臓をわしづかみするような、非常に胸の苦しくなる作品。
 戦地から帰還した直後に軍から失踪し、後日焼死体で発見された息子。事件を調べる退役軍人の父親。真相に迫るにつれ、息子の「精神的暗部」に光が当てられていく。戦争という極限状態がもたらす狂気と、その後の精神的後遺症。盲目的で強すぎる愛国心が若者を戦場へと向かわせ、狂気に触れて帰ってくる。一度狂気の触れた人間が平穏な日常生活に戻ることはむずかしい。
 そしてもう一つ。自身も軍人であり、軍を誇りを持っている父親は、息子の出したSOSを見逃してしまう。父親はそのことをずっと後になって気づくことになる。
 設定や立場は違うが、コーエン兄弟の「ノーカントリー」でトミー・リ・ジョーンズが演じていた保安官を思い出す。ともに自身の強い正義感や信念を持って事件を追うが、世界はもっと大きな虚無を抱えており、彼らの価値観を足元から崩していく。この手の芝居をさせると、トミー・リー・ジョーンズの右に出る者はそうそういないだろう。そしてやはり両作にたずさわる撮影監督ロジャー・ディーキンス。彩度を落とし、乾いているけど、わずかに湿度を残すカメラは、ひとつひとつ丁寧に映像を重ねていく。
 残念なのは、やはりタイトルである。意図はわかるが、キリスト教徒以外にはピンとこない原題。「告発」という言葉を使用した、今まで使われたことのないタイトルを探しましたという邦題。何か他になかったのだろうか。


6月28日 公開
原題「IN THE VALLEY OF ELAH」
監督:ポール・ハギス
出演:トミー・リー・ジョーンズ/シャーリーズ・セロン/スーザン・サランドン

【ストーリー】
 2004年11月1日。突然、ハンク・ディアフィールドの元に、息子のマイク・ディアフィールドが軍から姿を消したという不穏なニュースが届けられる。ハンクは引退した元軍人警官で、息子マイクもその兄も軍人という典型的な軍人一家。そんなディアフィールド家で育った息子に限って無許可離隊などあり得ないと思ったハンクは、妻のジョアンを残し、息子を探し出すために帰還したはずのフォート・ラッドへ向かう。
 帰国している同じ隊の仲間も皆、マイクの行方を知らなかった。地元警察の女刑事エミリー・サンダースが彼の捜索を手伝い、消息を探っていた矢先に、息子の焼死体が発見されたという知らせが届く。2人は真相を究明しようと試みるが、息子の殺害現場が軍の管轄内だったために、事件は警察の捜査から手を離れてしまう。
 しかし、エミリー刑事の助けでマイクの死体が遺棄された場所へ検証に向かったマイクは、殺害現場は軍の管轄である基地の敷地外だと見抜き、一歩一歩真実を解き明かしていく。しかし、そこには父親の知らない息子の“心の闇”が隠されていた。そしてこの事件の裏に潜む真実は、ハンクがこれまで信じてきた世界の全てを揺るがすほどの衝撃的な事実となる。疑うことなく抱き続けてきた自らの信念を根底から覆される時、人はどう真実と向き合い、どう答えを出すことができるのか・・・。

配給:ムービーアイ
2007年/アメリカ/121分/35mm/カラー/シネスコサイズ/SRD
(C)2007 Elah Finance V.O.F.

告発のとき [DVD]

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